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創業明治27年。初代平太郎は、現在の本店所在地「本町」において鮮魚販売を兼ね、蒲鉾製造に着眼しました。日々試行錯誤で精進を重ねた創始者はこの道の達人となったと聞いております。

祖父である二代目平太郎の興七が昭和11年に襲名し、蒲鉾屋を存続しました。父である三代目平太郎は、本名を健太郎として、戦後色の強い時代、昭和39年に襲名しております。以来、今日迄世の中の激しい変化の中、その時代その時代の様々な問題に直面しつつも、一つ一つ克服しながら堅く地盤を固めてまいりました。
 
戦後の混乱期
二代目の祖父の時代、昭和19年12月29日、塩釜空襲により本町の住宅及び工場が全焼しました。

翌年より復興にとりかかりましたが、その当時は統制の時代。物が無く、バラックの仮住居より始め、継ぎ足しながら、思うようにならない商売を続けたそうです。

4年間かかってようやく軌道にのったと聞いております。
 
▲ニ代目当時の店内にて写した1枚
 
▲にぎやかなかつての本町
  かつては冷蔵庫の普及もなく、蒲鉾の商いは冬場だけの勝負といったところ。三代目の父、健太郎の時代となってからは、7月8月の夏の暑い間だけアイスクリームやあづきかき氷といった商売に切り替えるというアイディアが功を奏し、忙しい毎日が続きました。

お釜神社(本町本店の近隣)のお祭りを中心に夏の風物詩の一つとして、映画等と同じく当時の町に賑わいをみせたものでした。このころは塩釜市場の水揚量も多く市全体に活気が見られた頃で、今の私にも懐かしい記憶となっております。
 
企業体として出発
昭和40年5月より「株式会社阿部平商店」として法人化。無我夢中で市場通いをしておりました。まだ、原料である魚の買出しから製造まで大変時間のかかる時代でした。

様々な試行錯誤の末、昭和50年頃には、工場を新富町に移転、本町を店舗のみとし、原料となるすり身の開発、真空包装発達と供に作業能率も大幅な向上を見ることができ、企業としても福利厚生の時代を進むまでになりました。

この時代の父の後ろ姿を見、商売の「コツ」を深く心に刻み、四代目平太郎として私が暖簾を継承したのは、昭和53年8月の事となります。
 
▲昭和25年頃の本町本店
 
「阿部平」の暖簾を受け継ぎ、塩釜の味として伝えていくため、人と人との出会いを大事にし、店舗の拡充に努め、老舗としての店構を打ち出してまいりました。昭和62年には、NHKテレビの大河ドラマ「伊達政宗」の放映とあいまって、みやげ物としての売上がピークに達しました。その後も消費者の需要は年々変わっており、その時々のニーズに合わせて商品の開発やお届けする方法も工夫を重ねて来ております。

“戦前50年、戦後60年”

いつの時代も苦労はつきものです。
そのような時こそ、人の団結が生まれるものです。それをバネにして、一人一人の小さい力が積み重なってこそ、大きなエネルギーとなるのだと思います。

これまで、私どもを、また、当社を前向きの人生に導いてくださった多くの方々に深く感謝すると供に、例年暮れから正月、お中元に喜んで駆けつけてくださるお客様を大事にし、本場“塩釜の味”を四代にわたって築き上げてきた「阿部平」の暖簾の味をしっかり守り、社員一同力を合わせ、この道一筋に進んで参りたいと思います。
 
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